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今年もあの日が

気温14℃ 湿度64% 晴れ 6.92 宵月 啓蟄


 
 「ウチら激ヤバ!みんな変態だしキャラ濃すぎっしょマジサイコー!!!」の本質はそのグループを構成するメンバーの特異性ではなく関係性にある。関係が良いから個々がより生き生きする。のんびりのびのび和やかな場の雰囲気も関係性が生む。逆に言えば関係が悪ければ生き生きした個の魅力は抑圧され、無かったことになる。憧れをベースとした関係性はこの意味で不利だ。人が距離感を間違えるときに、近すぎるのではなく遠すぎるほうで間違う現象は目立たないが頻繁に生じる。相手に嫌われているのではないか、馬鹿にされているのではないかという勘違いもまた。



 「ハリウッドは人種差別はしない。年齢と体重では差別するけど」
 家の周りを歩いていて「ありゃ、このへん、こんなに日本人って多かったっけ?」と驚く。同様に「こんなにご老人多かった?」「車椅子、多いな?」「ベビーカー、こんなに多かった?」全て認知バイアスによるもの。彼らは以前から存在したが私は注意を払ってこなかった。それだけ。私の認識する世界は偏見や認知の歪みにまみれ、気づく度に訂正することが許されているだけで偏見や歪みを主観から完全に取り除くことはできない。そして客観は主観においてしか成り立たない。
 旅に出て遠方で素晴らしいモノに出会うと、「こんなものをここで見つけた!」という驚きとともに今まで自分の外側にあったその土地に屈服する。旅は決して侵略ではない。これは、このモノは別に極東の民である私によって見出だされるためにここに眠っていたわけではない。誰のためでもなく自立して素晴らしい。
 地球になりたい。もし自分が星になるとしてその星を選ぶのなら、私は地球になりたいと思う。土に還るのが今から楽しみで仕方がない!



 「あの子、いかにもマジメぇってカンジ。マジメでジュンボク。バーに似合わないよねぇ」
 一瞬自分のことを取り沙汰されているのかと思いきやそうではないらしい。飲み屋の店先に立って一年経つものの、雰囲気に馴染んだという感触を覚えたことはない。化粧が濃いぞとお客に不平を言われることはあっても(余計なお世話だ)。




 震災や核をテーマとした展示を足繁く回り、そのたびに会場でぼうっと過ごす。3.11。今年もあの日がやってくる。
 私には言葉が無い、と口にするところの意味は語る資格がないという大仰な自責の念を意味するものでなく、生き残った側の罪悪感は既に僅かな埃を被っている。日本にとっては大事件だったのかもしれないが世界には他にも悲惨な記憶が無数にあるじゃないかそれも毎年更新され続けて、という屁にもならない言い逃れを飲み込んで、もう私は途方に暮れてさえいない。テレビニュースが映す黙祷を季節行事と聞き流す人々に紛れて暮らす。災害が風化するのは早い。
 「あの日、あの年が私の零年だ」と心に決めた人もいるのではないだろうか。その人の零年。そこから全てが始まったと見なした地点。私は高校生の頃まだ物心がついていなかった。とはいえ3.11を区切りに何かが生まれでた、決定的に変わったという感触はない。その日を私の零とすることはできない。





 作品について。人々の関心を惹くため、人々の感動を得るためにと欲望され意図された時点でその工夫はストゥディウムに回収される。人の心を動かした奇跡を奇跡と呼ぶことを私は選ぶ。人々の意識からこぼれ落ちるものを尊重する。

 美大受験に予備校は便利だが必要不可欠とはいえないという淡白な持論は、予備校の人間関係や環境に培われ育まれその恩恵を十分に得てきた人にとって暴論なのかもしれない。私はこうも考えている。制作や表現の洗練において美大は便利だが必要不可欠とはいえない、教育を基準としたプロアマの区別やカーストなんてくそ食らえと。ただ私は自分が今いるこの環境の性質を慎重に吟味した上でかなり気に入っているし、多くの利点に気づいている。
 人脈を育むために~という考え方は他人を自分の目的達成のための道具と見なしている点で非倫理的で下品である。感情のレベルで言っても嫌いだ。私は処世術でもってのしあがるためにここにいるわけではない、なんて硬派を気取ってみたりして。そう言いながらも人との関わりを大切にしなければならないことに気づいている。頼まれて絵を描く。頼まれてDTPをやる。頼まれて絵画教室をやる……最近能動的にならずとも、人に頼まれて自分が役に立つことが増えた。相手の期待を裏切らない振る舞いを、と神経質になるより素直に楽しむつもりだ。もともと自分から一切何もせずにこの関係が築き上げられたわけではないのだし、温かく迎え入れてくれた人達に返礼する良い機会だと思う。